心臓病のリハビリテーション
1) 心臓リハビリテーションとは
心臓リハビリテーション(心臓リハビリ)とは、心臓病の患者さんが体力を回復し自信を取り戻し、快適な家庭生活や社会生活に復帰するとともに、再発や再入院を防止することをめざす総合的活動プログラムのことです。内容は運動療法だけでなく、生活指導・相談(カウンセリング)などを含んでいます。
心不全、心筋梗塞、狭心症、心臓手術後などの患者さんは、心臓の働きが低下していることや治療中の安静などにより、運動能力やからだを調節する働きも低下しています。そのため退院してからすぐには強い活動はできませんし、またどの程度活動しても大丈夫なのかが分からないため不安もあります。これらに対して心臓リハビリで適切な運動療法を行うことが役に立ちます。さらに、心臓病の原因となる動脈硬化の進行を防止することをめざして、食事指導や禁煙指導も行います。心臓リハビリでは、専門知識を持った医師、理学療法士、看護師、薬剤師、臨床心理士、検査技師、作業療法士、健康運動指導士など多くの専門医療職が関わり、患者さん一人ひとりの状態に応じた効果的なリハビリプログラムを提案し、実施します。
2) 心臓リハビリテーションの効果
心臓リハビリの効果は、これまでの研究によって多岐にわたり証明されています。具体的には、虚血性心疾患(心筋梗塞や狭心症)の患者さんが心臓リハビリを行うことにより、行わなかった場合に比べて、心血管病による死亡率が26%低下し、入院のリスクが18%低下します。また心不全の患者さんが心臓リハビリを行うことにより、行わない場合に比べてあらゆる入院が25%減少し、心不全による入院が39%減少することが証明されています。さらに心臓リハビリに参加することにより、生活の質(Quality of life)が改善し、毎日をより快適に過ごすことができるようになります。
その他、心臓リハビリテーションには以下のような効果があります。
- 運動能力・体力の向上により、日常生活で心不全の症状(息切れなど)が軽くなる
- 筋肉量が増えて楽に動けるようになり、心臓への負担が減る
- 心臓の機能が良くなる
- 血管が広がりやすくなり、身体の血液循環がよくなる
- 動脈硬化が進みにくくなり、既にできている動脈硬化性プラーク(血管の壁の盛り上がり)が小さくなる
- 血管が広がって高血圧が改善する
- インスリンの効きが良くなって血糖値が改善する
- 自律神経が安定して不整脈の予防になる
- 運動を行うと仕事や家庭生活、社会生活の満足度が高くなる
3) 心臓リハビリテーションの種類
心臓リハビリとは、スポーツジムなどで行う運動と異なり、運動のみを行うわけではありません。医師・看護師・理学療法士など多職種のスタッフが、体調管理から薬や食事などについて包括的に患者さんの状態を把握し、日常生活指導を行います。従って、可能な限り体を万全な状態に保ち、運動中の不整脈の監視や心拍数・血圧の測定を行い、安全で効果的な運動療法ができるように調整します。専門の知識を持った心臓リハビリのスタッフが、それぞれの患者さんの病気を理解した上で運動療法・生活指導などを総合的に提供していることから、心臓病の患者さんは通院して心臓リハビリを行っていただくことを強く推奨します。
4) 心臓リハビリテーションの流れ
心臓リハビリでは、心臓病の患者さんに運動療法を中心とした包括的な治療を行います。メディカルチェック(病気の状態や検査結果の確認)を行い、有酸素運動や筋力増強運動(レジスタンストレーニング)を主体として、専門スタッフの管理のもとでその人に合った最適な運動療法を行います。また在宅での運動療法や退院後の生活についての指導、食事指導、禁煙指導、職場復帰のアドバイスなども行います。
具体的には、日本心臓リハビリテーション学会のホームページで紹介している動画『心臓リハビリテーションとは? 』をご覧ください。
5) 心臓リハビリテーションの特徴
心臓リハビリは、退院すれば終了という治療ではなく、退院後も外来通院心臓リハビリを継続する必要があります。死亡率の低下や再入院の予防といった心臓リハビリの良い効果は、退院後に外来心臓リハビリを継続することによって得られる効果です。外来心臓リハビリに通院できない場合や保険期間の150日を超えたあとも、在宅運動療法や民間の運動施設を利用することで、生涯にわたり途切れることなく運動療法を継続することが大切です。もちろん、入院中の患者さんにとって、退院は一つの大きな目標ですが、退院後は心臓・血管の病気を再発させないことや再入院しないことを最大の目標として運動療法を継続していただくことが重要です。
① 急性期リハビリテーション
急性期とは、入院直後のICUや病棟で行うリハビリテーションです。まずは急性期治療により身体の状態を安定させることが優先され、体力の低下を防ぐために可能な範囲で活動時間を増やしていきます。
② 回復期リハビリテーション
回復期は、入院中の病棟でのリハビリテーションから、退院後の外来通院によるリハビリテーションを指します。ここでは、運動療法による体力の回復だけでなく、服薬・食事・カウンセリングなど、日常生活における注意点や社会復帰に向けた生活習慣の改善を目標とします。
③ 維持期リハビリテーション
維持期は生涯にわたるリハビリテーションを指します。獲得した生活習慣を継続し、再発予防に努めます。
6) よくある質問
心臓リハビリテーションの内容はどうやって決めるのですか?
心臓リハビリでは、患者さん一人ひとりにとって安全で効果的な運動内容について、運動処方により決定しています。具体的には、1)運動の種類、2)運動の強度、3)運動の持続時間、4)運動の頻度が示されます。この運動処方は、個人の運動目的、健康状態、生活環境、体力などが加味され、その人に最適なメニューとして作成されます。
運動処方を決定する方法としては、心肺運動負荷試験のほか、心拍数や自覚症状を用いる方法があります。不適切な運動内容や方法によっては、筋肉や関節の障害、心臓病の悪化などを招く恐れもあるため、医療機関において適切な運動処方を受けるようにしましょう。また、身体症状や身体機能に応じて定期的に運動処方を見直すことも必要となります。
退院したのですが、自宅ではどのようなリハビリを行えばいいですか?
心臓病の方には、ウォーキングやジョギング、自転車、エアロビクスなどのように全身をリズミカルに動かす「有酸素運動」がすすめられています。有酸素運動というのは、身体の中にとりこんだ酸素から筋肉を動かすエネルギーを作り出して行われる運動のことをいい、比較的長い時間持続して行うことができます。一方、重量挙げや全力疾走といった短時間に強い力を発揮する運動は「無酸素運動」といわれます。酸素を使わずに身体の中にもともと蓄えてあるエネルギーを使って運動を行うのですが、蓄えられている量には限りがありますので長時間持続することができません。この強い力を必要とする無酸素運動は、心臓に負担がかかって症状を悪化させたり危険な不整脈が出現したりする可能性もあるため、心臓病の方にはお勧めできません。ただし、適切な(軽い)強さでの筋力増強運動(レジスタンストレーニング)は心臓病の方にも有用とされているため、筋力トレーニングを行う際は医療機関で必ず指導を受けてからにしましょう。
①運動の強度
運動の強さの目安としては、軽く汗ばむ程度、ややきついなと感じる程度、おしゃべりしても息切れがしない程度が良いとされています。運動処方には、運動中の心拍数や自覚症状(疲れや息切れの程度)なども運動の強さの指標として示されますので、それらを目安にして運動を行いましょう。
②運動の程度
1回あたりの運動時間は、30~60分程度が望ましいとされていますが、朝夕2回に分けての合計時間などでもよいとされています。さらに、短い運動を頻回に行うことでも効果が期待できますので、たとえばエレベーターやエスカレーターを使わずに階段を利用するなど、日常生活の中で積極的に動いて身体活動量をあげることを心がけましょう。朝起きてから夜寝るまでの1日の総歩数として、7000~8000歩をめざしましょう。
なお、朝目覚めてからすぐの時間帯や空腹時・食直後は体調を崩しやすく、心血管系の事故につながりやすいため、食後1-2時間たってから運動を行うようにしましょう。また、夏などの暑い時期は脱水に注意し、水分補給を心がけましょう。冬などの寒い時期は露出部の防寒(手袋、耳当て、スキー帽、マスクなど)を心がけ、暖かい午後の時間帯に行うと良いでしょう。
③運動の頻度
体調や天候にもよりますが、少なくとも週に3回以上運動を行うのが理想的です。日本循環器学会より出されているガイドラインによると、1週あたり3~5日の頻度で運動することがすすめられています。心臓病が軽症で、糖尿病などの冠危険因子が多数ある場合には、できるだけ毎日行うのが良いでしょう。ただし、運動を行った翌日に疲れが残っていたり、朝から体調不良であれば、その日の運動は見合わせましょう。
心筋梗塞で治療したのですが、スポーツはしてもいいですか?
以前は、心臓病を患ったらなるべく安静に過ごすように言われていました。運動することによって、さらに心臓の状態が悪くなるのではないかと考えられていたからです。しかし、適切な運動であれば心臓に悪い影響を及ぼさないばかりか、狭心症や心筋梗塞などの心臓病の原因のひとつである動脈硬化の進行予防と血管機能の改善、体力向上、日常生活における息切れや疲労感などの自覚症状の軽減、再入院予防や生命予後の改善にもつながることが科学的に証明され、現在では、心臓病の方が心臓リハビリに参加して積極的に治療としての運動療法を行うことが推奨されています。
ただし、心臓病の患者さんでは、運動のやり方や強さの調整が必要ですので、自分の判断で運動を行うのではなく、心臓リハビリに参加して安全性を確認しながら最適な運動メニューに従って運動療法を実施していただくことをお勧めします。
リハビリはいつまで続けたらいいでしょうか?
可能な限り一生涯継続してください。残念ながら、日本の医療制度では、一般的に心臓リハビリの保険適応は開始してから150日以内と制限されています。その後は、ご自分で在宅運動療法を行うか、またはNPO法人『ジャパンハートクラブ』 や民間運動施設を利用して継続していただくのが良いでしょう。
ただし、ご病気の状態などによって、医師から運動療法を中止するように言われた場合は、この限りではありません。
早く良くなりたいのですが、追加でリハビリを受けた方がいいのでしょうか?
一番大切なことは、適切な運動療法を続けることです。心臓病の患者さんが運動療法を始める時は、入院中に医療スタッフの監視下でおこない、退院後は外来心臓リハビリに参加することが理想です。その後、病態が安定すれば自己管理で行う在宅運動療法に移行します。
在宅運動療法の基本は、有酸素運動(歩行など1回30~60分間、最低週3回)です。最近は筋力増強運動(レジスタンストレーニング)も心臓病の患者さんに勧められることが多くなってきました。ご自宅でレジスタンストレーニングをおこなう場合は、スクワットやかかと上げなど下肢の筋トレをゆっくりとした動きで5~10回、2~3セット、できれば毎日行うと良いでしょう。
自己管理とはいえ、無理は禁物です。「気分がよいときにのみ運動する」、「天候にあわせて運動する」、「自分の限界を把握する」「自覚症状(息切れ、足のむくみ)に注意する」などを肝に銘じましょう。
なお、安全で最適な運動療法のやり方については、個人差がありますので、専門の病院で心臓リハビリに参加して運動負荷試験を受けて、個別の最適運動処方を作成することをお勧めします。
- 執筆者徳島大学病院 リハビリテーション部門
看護師 石井 亜由美 - 作成日2022年10月25日